10月11日、小さな成城石井店だからないかと思ったら、あった!棚にあるトマトの中では一番売れ行きがよいのか、私が購入したら少ししか残らないくらいでした。最後の時期のトマトでしょう。孫が食べて、少し皮が厚いものの、味がよい・美味しい、と3人とも述べていました。大学生・小3・幼稚園年少組の孫です。うれしいですね。
2017年のアーカイブ
現代農業10月号で荒木・鎌田さんそして東北のご夫婦の経営を紹介しました。
校長室前のバケツ稲、今年はよい出来です。群馬の金谷さんに感謝します。
校長室前のバケツ稲、群馬の金谷さん提供の稲が活着しました。
早大での記者発表会に向かう途中で見た、農楽塾恒例の南門のバケツ稲
3月に土佐ジロー、小松圭子さんを訪問できました。
堀口ゼミの出身、早大政経の1年の時からその頑張りと活躍を知っている小松圭子さん、
ようやく、妻と3月に安芸市夢楽を尋ねることが出来ました。小型のレンタカーでよかった。何回も言われていたことでしたが、すれ違うのが大変な県道を30分走っての集落。しかしすれ違うのは地域の方の軽トラが多かったし、また、皆さん、こちらを配慮してくれたので、無事、夕方には着。
その前に圭子さんの出身の、愛媛県宇和島・遊子の段々畑を見ることが出来ました。畑だったのを戦後に石垣を積み水田にしたとか・・・今は野菜を主に栽培を継続している!1枚目の写真がそれです。膨大な労働の投入、それを守って活用する地元の農漁業者、モノレールがありますが、人間は足で・・・横這いしかできない狭い畑もあり、その努力、工夫に感心しました。
温泉につかり、彼女の応援で焼き鳥。その前の鳥刺し、トサカまでおいしくいただきました。それらの焼き鳥も絶品。焼き方もうまいのですね、会話も盛り上がりました。さらに鳥のすき焼き、最後は自慢の親子丼で締め。口福も会話福もと、満足の日でした。
翌朝は忙しいご主人の話も聞けました。県の推奨品種である採卵用の土佐ジローを、オスを主に食鳥として育てる工夫、大変だったのでは。適度な運動をさせるための棚作り、今はエサ米を含む飼料のやり方、これらを完成形にするのに10年はかかったのではないか、と思います。防疫の関係で鶏舎には近づけませんが、これらに取り組む若い人がこの後、どんどん続いて限界集落から人の集まる地域に発展することを確信しました。
村奥には小水力発電の廃屋がありましたが、これを再興させようと頑張っているとのこと、なんとか関係者の同意を取って固定買取制に乗せることを期待したい。
日本農業経営大学校の2017年最初のオープンキャンパスです。
新規就農の荒木健太郎君と鎌田頼一君をあらためて紹介します。
土地改良新聞2月25日号に小水力発電を進める鳥取県の新たなスキームを実名で紹介しました。
早大ボランテイアセンターに貢献した加藤さん、秋吉さんに感謝する同窓会
2月25日土曜の夜、農林中央金庫の寄附講座をベースに今も続いている・今後も続く農山村体験実習の科目、これを広げ定着させた加藤先生、秋吉先生、いずれも任期がありこれで一区切りですが、感謝する体験実習の受講生による同窓会が早稲田近くで開かれました。40-50人の方が集まり、幹事役の宮島さん、幹事さん、ありがとう。
寒河江からは鈴木精二さんが駆けつけてくれて、来年で20周年になる葉山村塾、これを盛り立ててくれたボランテイアセンターの活動、紹介があり、これからも大学と地域との結びつき、期待されます。
堀口は一緒に仕事をしてきた加藤さん秋吉さんに感謝し、特に加藤さん、実習地の開拓に始まり定着の苦労を共にしてきたのですが、特に、3・11の東日本大震災、これへの早大の支援、ボランテイアセンターの活動がすぐにも期待されたのですが、あの大混乱の中、バスを仕立て学生・教職員が毎週のように東北に向かう道筋をつけてくれたのは加藤さんでした。我々は焦ったのですが、バスを受け入れる余裕のある自治体が見つからない中、彼が調査・研究をしていた石巻の土地改良区、ここで、被災直後ですが、引き受けるとの話がまとまりました。その後の
早大支援は多くの本にも紹介され、延べで5-6千人、あるいはサークルを入れればもっと多くの学生・教職員が被災地に入り、今もつながりが保たれています。加藤さんの研究・調査の姿勢に深く感謝。